今年度は、愛知県西尾市岩瀬文庫及び神奈川県立金沢文庫、国立国会図書館における調査を重点的に行い、中世南都観音伝承の形成と展開を知る上で基礎的かつ重要な知見を得ることができた。またそれらの調査をふまえて、南都の観音伝承に関わる論文2点を公にした。 このうち一点の論考では長谷寺の神道書として重要な位置を占める『長谷寺密奏記』を分析した。本書は神奈川県立金沢文庫に現存最古写本が所蔵されるが、その本文や奥書はいまだ検討されてこなかった。しかるにそれらの分析を通じ、本書に叙述された秘説が、長谷寺だけにとどまらず、京の太子堂速成就院、奈良の室生寺、そして鎌倉の称名寺等に展開したことなどが明らかになった。本研究は、科研のテーマである中世南都観音信仰の展開の一端を明らかにしたものであり、当初の研究計画で予定していた課題をひとつ解決できたものと考えている。この研究成果は『金沢文庫研究』(査読付)に掲載した。 さらにもう一点の論考では、長谷観音の台座石の問題を扱った。金輪際から生じたというその台座石は、歴史の展開の中でさまざまな秘説をうみだした。そのことは長谷信仰の独自性を示すものだが、他の聖地でも類似する伝承が語られる。本年度はその問題を考察する上での、いわば基礎固めとなる論考を『大阪大谷国文』誌上に公にした。 なお本研究計画の実施を通じ収集した資料及び知見は、平成25年度大阪大谷大学・特別研究費「長谷観音伝承の形成と展開に関する総合的研究」で発展的に継承する予定である。
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