本研究は1605年11月5日にカトリック教の過激派ジェズイットが企てた火薬陰謀事件に関する研究である。ジェームズ一世は、事件後事件の風化を防ぐために毎年事件日に記念説教を励行した。それらはほとんどが旧約聖書を基にした説教で、説教はすべてが事件を引き起こしたジェズイットへの激しい敵意、憎悪で満ち、彼らを容赦なく糾弾した。ところが記念説教のなかには新訳聖書を基にした説教もある。旧約聖書を基にした説教と新訳聖書を基にした説教の間には何らかの違いがあるのではないとの仮説に立ち、本研究を進めた。最初に注目したのはランスロット・アンドルーズが1609年11月5日に行った説教である。この説教は「ルカ伝」9章54-56節に基にした説教で、そこでアンドルーズはキリストに宿泊を拒絶したサマリア人を焼却するように求める二人の弟子を叱責し、逆にサマリア人に寛容な許しの態度を示している。サマリア人焼却事件はジェームズ一世殺害計画の火薬陰謀事件に対応するが、キリストのサマリア人への態度はジェズイットへのジェームズ一世の態度と重なってくる。つまり、サマリア事件を陰謀事件に適応すれば、事件の首謀者ジェズイットは許されることになる。これはそれまでとそれ以降の火薬陰謀事件説教とは著しく異なる内容の説教である。アンドルーズの説教は事件から4年後の説教であるが、敵への許しを説いた説教はこれが初めてである。なぜジェームズ一世の御用説教家とも言うべくアンドルーズがこのような説教を行ったのか。ところがアンドルーズはこれ以降も1618年までほぼ毎年記念説教を行うが、彼の論調は再度事件批判の説教となっている。彼の説教には(そして他の英国人には)事件への寛容な態度を取っている者もいたことを示唆している。本研究ではアンドルーズ以後の説教家で新訳聖書に基づいた事件説教を扱い、同じような結論を導きだした。
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