この研究は、書くという行為の文化的意味を考察するという大きな構想の重要な一部分をなすことを意図している。今年度は、資料分析や文学研究の成果を学術誌に投稿することを目標にし、部分的に紀要に載せたが、査読付き学術誌への投稿にむけて現在まだ準備が続いている。デヴォンシャ侯爵夫人の詩の出版やその他の公の場に出る機会の場合と比較しながら、小説が代表するとされる中産階級の価値観と貴族的価値観の相互の関係から生じた事象と表象についてとりあげている。遅延のひとつの理由は、議論の素材としている文献の著者にかかわる問題が解決されないことにある。その解決のためのアーカイヴでのリサーチについては、イギリス、ダービシャのチャッツワースに滞在し、そこのアーカイヴにあるスペンサー伯爵夫人の日記・手紙や娘のデヴォンシャ侯爵夫人の資料を短い滞在期間でできる限り読んできたが、現在準備中の論文にかかわる直接的証拠を十分に手に入れたとはいえず、次年度もアーカイヴでの研究を継続する必要がある。論文では、証拠がこれ以上でてこない場合に合わせて議論を組み立て、伝記作家たちの記述の傾向についての考察を加えながら進めている。一方、17世紀の教育に関する文献集は、解説をつけて出版することができた。これは、本研究の重点のひとつである内省的な描写と深くかかわるピューリタニズムをはじめとするプロテスタント改革者による教育書を中心に諸文献を選定したもので、これまで個人的に手薄になっていた宗教的側面からのこども観・人間観について考察することができ、今後の本研究に有益と考えている.他に、家庭内で書き留められ、私的に伝達される知識の記録を主に考察した論文「近代イギリスの家庭の薬・薬の知識」を『くすりの小箱:薬と医療の文化史』湯之上隆・久木田直江編(南山堂、2011)pp.112-26に発表した。
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