最終年度に当たる平成24年度には、ジョージ・エリオット後期の代表作『ミドルマーチ』(1871-72)から最後の小説『ダニエル・デロンダ』(1875-76)に至る小説テクストの文体の変化を跡づけた。 平成23年度に『ミドルマーチ』で、エリオットは科学的世界観に由来する方法を、性格描写と語りと作品の構造に完成した形で生かし、実践したことを明らかにした。本年度は、これを基に『ダニエル・デロンダ』のテクスト分析に取り組んだ。この小説では、1 進化論の自然観と言葉が性格描写と語りの技法に生かされている意味では『ミドルマーチ』を継承していることを裏付けた。2 その一方、作家のなかに深く根ざすユダヤ教・キリスト教の伝統が科学的世界観と葛藤し、対話していることがテクスト分析によって明らかとなった。これは、19世紀後半、宗教と科学が相克した時代精神の先端的な動向の反映であることを、エリオット批評の主要な批評家(アッシュトン、ビア、シャトルワース、カロルなど)の見解で裏づけつつ、インターテクスチュアリティ(文学テクストが、過去や同時代の文人との対話によって成立していることを言語的に裏づける方法)の観点から実証した。 本年度執筆した論考のうち、3 「『ダニエル・デロンダ』にみる解体と再建の試み―ユダヤ人物語にみるジョージ・エリオットのヴィジョン」では、作家が現代イギリス文化のありようを、ユダヤ文化(とりわけ旧約聖書)との比較において鏡にかざしていることを論証し、4 「『ダニエル・デロンダ』22章を読む:オースティンの遺産とエリオットの創造」では、エリオットがオースティンの小説言語の遺産を継承していながら、進化論の方法と言語を生かすことによって小説を革新したことを跡づけた。
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