研究概要 |
平成23年度については,全体の研究実施計画に基づきながら平成22年度の研究成果を発展させるべくトマス・ハーディの短編小説の分析を継続して行った。これまでの研究との継続性と整合性を念頭に置いて,成果として論文の形で公表することができた。論文では,従来から継続しているひとつのテーマをも念頭に置きながら,本研究計画に沿った内容のもりとなっている。すなわち,研究計画に示した3つの柱,1)時間構造構築と語りの技法の解明,2)モダニズムの観点から見た技法の分析,3)文体論の立場からの分析と体系化であるが,そうした面を分析と論考に反映させることができた。取り上げた作品では,複数の語り手の存在とそれぞれの語りの信頼性,さらにハーディ独自の語りの技法によって過去と現在とが重層的に扱われていることが判明している。特に,語り手の設定と視線や視野を限定あるいは操作することによって,認識と語りが制限もしくは制約されていることは,20世紀の小説や映画芸術に見られる技法に近いものであり,ハーディがいかに先駆的に小説の技法を意識して創作していたかが窺えるであろう。また,語りの技法的な面ばかりでなく,扱われているテーマについても,キリスト教的な罪の問題でありながら,およそ人間としての罪の意識に深く入りこんだものとなっており,この点でもハーディの短編のいくつかが極めて近代的な現代的な側面を持っているかが窺える。こうした新たな側面についてさらに多角的な視点から眺めることが,様々な学会でのより関連性が低いと思われる研究発表やシンポジウムから大きなヒントや刺激を受けて可能となっており,現在扱っている短編の分析にも反映できるものと考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
全体計画に沿って研究を進め,さらに分析と論考を蓄積してゆくが,現在扱っている短編小説での分析では,「物語り」に関わる語り手と登場人物の扱いが特異なため,物語論の確認がさらに必要となっている。同時に短編小説のタイトルそのものが孕む問題,19世紀の扇情小説の問題,19世紀以前から19世紀にかけてのロマン主義の問題等が絡んできているので,より広範囲に視野を広げ様々な新たな知見を得ながら,分析と論考を進めてゆく方針である。
|