本年度は、フォークナー文学における放浪と定住について、主人公の男性とそれを取り巻く女性についてまず考察した。フォークナーとともに、21世紀になっても後に続く作家に影響を与え、自身フォークナーから影響を受けた中上健次作品の放浪者と女性の関係と比較することにより、定住と移動、家族を形成する願望と自由を欲する個人の葛藤から社会とマイノリティの放浪者の関係が明らかになること、さらに両作品にみられる伝説や神話の批判的利用が、定住社会の権力、社会の規制を暴くのに効果を上げていることを「<危険な女>と放浪する主人公--フォークナーの『八月の光』と中上健次の「不死」」の論文で追及した。それはアメリカのみならず日本でも応用できるフォークナー文学のテーマのグローバル性を示すものでもある。 さらに「フォークナーの『寓話』と越境」では、この晩年の作品中の越境する力が、第1次世界大戦の戦場を舞台として、国家、軍隊、資本主義社会の権力構造を越境するための様々な試みとなって表れていることを、フォークナー文学の初期から発展してこの作品に応用されているイメージ、レトリックを分析することで検証した。これにより、フォークナーの地方性と世界性、定住と移動のテーマが初期から連綿として発展していくこと、さらにその過程で、家族の形態が血縁のみによるのでなく、部族性をおびたものになる傾向があり、その意味でも21世紀的な感覚を先取りしていることを指摘した。
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