本研究では、三人の作家の近代表象を研究した。まずトリニダードの作家V.S.ナイポールを中心に据え、テキストを丹念に検証し、問題群の抽出を試みた。平成22年度は、四つの作風に整理されるV.S.ナイポールの作品のなかから、特に『世の習い』という複数の時間軸を持つ作品を検討し、近代の複数のかたちをあきらかにした。次に、ベン・オクリ。その近代は、初期のリアリズム的作品にその典型が見られる。ここでは、主人公の少年個人の成長の物語としての近代現象とナイジェリアの独立という近代現象が同時並行的に提示される。それが「道」という表現に凝縮されているが、一方、その道は、ただ単に目的地を持ち、前へと進む道ではなく、住人を喰らいつくすおそろしい、非近代的な道でもある。本研究ではオクリの両義的近代の特質を、具体的な作品に沿って検証した。第三番目の作家は、クシュワント・シンである。ここでは、『パキスタン行き列車』、『デリー』、『水葬』を中心に据えつつ、その周辺にある作品の整理に努めた。三作家の近代観の具体例を追う作業は、近代論一般に対する理解と並行して進めた。近代論をめぐる文献の収集と読解が、この作業の中心を占めた。近代論に内包される近代文学論、現代文学論、さらに近代小説論、現代小説論をひろく渉猟の上、いまだ整備されていないV.S.ナイポール、ベン・オクリ、クシュワント・シンの近代観と既存の近代論とを結びつけた。社会小説というジャンルが、近代化の過程にある特定の時代の特定の地域に移動しつつ発達したという仮説に基づき、この点を三作家の具体的作品を中心に明らかにした。 本研究では、およそさまざまな作品に現われる近代表象を精査し、それぞれを相対的な位置におき、それぞれの特質を明らかにした。近代論一般と個別作家の近代観との往復によって、既存の近代観にない、新たな近代を提示しえた。
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