研究概要 |
これまで、中世英文学はイングランドにおいて中英語で書かれた作品群であると考えられがちであった。しかし、実際にはウェールズ境界地域やアイルランドで書かれた作品が少なくない。本年度は、1330年頃、アイルランドにおいて筆写および編纂された写本、London,British Library MS Harley 913に焦点を合わせた。およそ縦140ミリ、横95ミリという小さなサイズの64葉の写本で、中英語の他、フランス語、ラテン語による作品から成る。フランシスコ修道会と深く関わる内容の記録も含まれており、多くのフランシスコ托鉢修道士が、説教の参考とするためのポケットサイズの写本を携帯していたことも知られていることから、MSHarley913の編纂者兼写字生もフランシスコ会の托鉢修道士であったと考えられる。この写本が成立した当時のアイルランドにおける、植民者であるノルマン系アイルランド人と土着のゲール系アイルランド人の関係、そして定住場所を持たない托鉢修道士と修道院生活を送る修道士との関係を中心に、特に、諷刺詩The Land of Cokaygne, Piers of Bermingham, Satireの3つの作品について考察し、研究成果を発表した。 夏季休暇を利用して、ロンドンの大英図書館においてHarley913の写本を調査するとともに、英国ケンブリッジ大学図書館、アイルランドのダブリンにあるアイルランド国立図書館、およびこの写本が成立したと考えられるアイルランドのウォーターフォード市立図書館において、この写本が成立した14世紀の、特に政治と宗教の状況に関する資料を収集した。イギリスとアイルランドでは、現地の中世英文学研究者や中世西洋史の研究者とディスカションし情報交換する機会をもつことができた。日本では入手が困難な資料を、著作権の許す限りにおいてA4サイズにまとめてコピーし、帰国しても研究が続けられるようにした。
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