23年度の具体的な成果として、二本の論文を公刊した。本研究との関連で、この成果について簡単に述べることにする。 「ヘレナ劇」についてはすでに、主として作品内在的解釈によって、「詩人・芸術家」ファウストによる内面的な美の創造のドラマととらえて、いくつかの論文を発表してきた。そのヘレナの「現実性」を再検討した「ヘレナ劇はどこで演じられているのか?」では、「ヘレナ劇」において使われている重要なモチーフと当時世上を賑わせた社会現象ないし事件、例えば「ファンタスマゴリア」「飛行船」「ギリシア独立戦争におけるバイロンの戦死」等との関係を取り上げ、文学社会学的方法に立って異なる視点から論究した。これによって、限られた問題についてであるが、自ら「多面的な解釈」を実験的に行い、それを総合するこころみを実践することができた。 「山と海、そして火と水」の論文では、「行為の悲劇」ないし「支配者の悲劇」が展開される第五幕の出発点となる「第四幕の構図」について検討した。第五幕の悲劇、さらにはファウストの死と救いの問題を考えるために、これはどうしても必須の準備作業であった。そのさい特に、第二幕「古典的ヴァルプルギスの夜」に始まる火成論と水成論をめぐる議論が重要な手掛かりとなった。人工の火から生まれたホムンクルスが水の世界をめざし、自然との合一に終わるのに対して、ヘレナの世界から帰ったファウストは「高山」を降りると早くも、海を支配しようという壮大な計画をいだくからである。「人工」による「自然」の制御である。その悲劇性と挫折を通じて、近代人ファウストの救いについて考察することが、まとめとして今後の課題となる。
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