研究概要 |
本研究は,18~19世紀の国民国家形成時にブリテンの少数言語地域,いわゆるケルト周縁地域でナショナリズムと連動する形で起こった「国文学観」の誕生と制度化を研究対象とする.平成22年度は,1848年にウェールズで初の学問的国文学史を発表したThomas Stephensと中世ウェールズ説話『マビノーギオン』を英訳出版(1836~49)したLady Charlotte Guestの活動に焦点をあて,ウェールズで2度海外研修を実施,カーディフ大学およびウェールズ国立図書館所蔵の書簡・手稿など1次資料を調査した.その結果,18世紀における中世バルドの詩歌を重視するウェールズ国文学観のパラダイムが19世紀において変化し,散文説話を国文学として正典化する動きがウェールズの知識階層を中心に起こっていったことを跡付けることができた.その背景には,スコットランドの伝承文学『オシアン』の英訳がヨーロッパ大陸でロマン主義運動に大きな影響を与えたことに対し,『オシアン』に対抗する汎ヨーロッパ的価値をもったウェールズの文学伝統として説話文学を再評価し,アーサー王ロマンスを代表とするヨーロッパ文芸の祖としてウェールズ語説話を位置づけるという文化的ナショナリズムの存在が確認された.その成果の一部を,10月に行われた日本ケルト学会で発表,また平成23年度8月に開催される国際ケルト学会でも発表が受理された.
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