これまで「断片」は、美的モデルネの主導的メタファー、あるいは文学的な絶対性の特殊形と見なされてきた。本研究はこうした一般的な見解を見直し、主観性創設の条件を問うことを目指した。とりわけ、近代的な主観性が19世紀初めに「断片」のような人工遺物(アーティファクト)あるいは文学形式でどのように表現されているか、さらにはまた近代的な主観性の創設にあって、省察メディアとしての「断片」がどのような役割を果たしたかが問い直された。さらに、第二の主観化テクノロジーとして、パノラマ、すなわち包括的な、ある高い地点から作られるパノラマ的な眼差しが研究された。決定的なのは、フーコーがパノプティコンに関して述べたような、無制限の可視性という可能性である。このように断片化とパノラマにおけるすべてを包括する眼差しとが主観化の異なる二つの技術として考察された。
|