とりわけ理論的考察では、模倣説の転換機制の記述をめぐって考察を深めた。「人間学の誕生」や「近代美学の誕生」という思想史の物語は、諸学の相関のなかで、医学、生理学と哲学、心理学が統合する方向性や、哲学から美学を切り分けて論じる方向性を象徴的に捉えることで暗黙の大きな物語を語る形式を採っているように見えるが、諸学に対する規範的学問の存在が諸学の連関の弛緩と関わっている様を広い視野で観察すると、医学を哲学から切り離す流れも見て取れたり、学問として切り分けたとしても共通基盤があることが依然として見て取れたりするため、個別の動きを時代の象徴だとして大きな物語を語る手法には疑問も残る。 今年度特に取り組んだ、敬虔主義を背景としたハレの思想風景では、神学が合理主義哲学を吸収する一方で、宗教的な背景をもつ修辞学的な議論が、真理は一つでも表現は多様という論によって、広義の悟性の能力論は取り込みながらも、哲学的な規範詩学の思考に対峙する形となっていた。その作用詩学では、友情信仰に見られる同化性、崇高概念に見られる異化性が、ともに敬虔主義の風土で育まれた宗教的な精神基盤を物語として前提としていて、それが、模倣説が転換していくなかで、情動と想像力をつなぎ合わせている回路になっているように思われた。 詩学書のなかで諸学の連関を見極めるという点でも、具体的な議論で模倣の詩学の情動論的な側面に着目するという点でも、新たなタイプの物語論を作って、それによって説明するという今後の研究の方向性を得た。「物語による構造分析」とでも言うような、「物語」を説明原理として用いて、物語の変容、複数の物語のせめぎ合い、物語の入れ子構造がもたらす効果という視点で、当時の議論や用語法を再解釈して整理することができるのではないかという結論に到った。
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