今年度は確実性と蓋然性という研究課題のもと、個別的研究として主にパスカルに関する論文3編を公刊した。第1論文「パスカルと計算機――発明の思想的意味」は前年度に行った口頭発表の内容を増補・修正のうえ活字化したもので、「秩序の弁別」とその「侵犯」という著者生涯の主題が、最初期の業績たる計算機の発明・開発のなかから生まれ出た経緯を論じた。またそれが後年の主著『パンセ』においても十全に活用されていくことを示唆した。 第2論文「La machine arithmetique et les < ordres > pascaliens」は第1論文の論点を受けつぎ発展させたもので、「秩序と侵犯」および「秩序の逆説」という計算機開発から生じた2つの主題が『パンセ』において演ずる役割を、「生半可な学者」と「民衆」というパスカル独自の概念を例にとりつつ明らかにした。初期の科学的業績から主著までを、「秩序と侵犯」という統一的観点から読み解くこうした研究は従来見られなかったものであり、フランスの雑誌に発表した本論文を通して、仏語圏の研究者の間で筆者の主張が認知されることを期待している。 第3論文「『パンセ』における「民衆」と「単純な人びと」」は前記の2論文をさらに発展させ、護教論結論部に登場する「単純な人びと」という概念を取り上げる。これもまた「秩序」とその「逆転」という思考法の応用であることを、モンテーニュの一節を手がかりに論証した。これによって、『パンセ』が本論から結論にいたるまで、秩序の議論(弁別、侵犯、逆転)に貫かれていることを示し、この議論こそがパスカルにおける確実性の問題を根底から規定している点を示唆した。
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