古典主義時代の文学論争の実態を多面的に把握することを目的に、9月に約2週間、主にパリのフランス国立図書館で資料調査を実施した。17世紀の文献にもPDF化されて閲覧しやすくなったものや、新たな批評校訂版が見つかるなど、期待以上の収穫が得られた一方、複写が許可されない文献があるほか、複製の枚数制限が概して厳しく、作業には予想よりも多大な時間がかかり、時間切れの感も否めない結果となった。同図書館では次年度以降も引き続き可能な限りの追加調査を実施の予定である。 新たに参照した文献のなかでは、とりわけ古典主義時代に刊行され、以後全ヨーロッパで広く読まれたアントワーヌ・ド・クルタンの礼儀指南書が、「効果的に語ること」が「効果的に書くこと」よりも優位とされてきた古典主義時代の価値観を論じる上で有用ではないかとの示唆を得た。ラシーヌおよび周辺作家にとっての「書くこと」の意義や認識を問うことにも繋がるのではないかと予想されるため、これに関して次年度に短い論文としてまとめるべく、先行研究の参照に努めつつ検討を重ねている段階である。 また、キリスト教の権威による演劇の断罪という問題についても、幾つかの新しい文献が見つかった。論客としてのラシーヌを論じる上では極めて重要なテーマであるため、慎重に細部を検討し、これまでの論考に加えた。さらに、作者が文学論争の渦中にあったとは考えられていない時期にも目を配りつつ、主義主張の変化を長期的にとらえ、対立した、あるいは同調した文人たちとの影響関係を俯瞰する準備を進め、これを次年度の研究の中核として計画した。
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