本研究課題に取り組んで以来、フランス国立図書館等で収集した資料をもとに、ラシーヌに関する文献のとりまとめ、彼の作品や言動が古典主義時代の文学論叢に影響を与えているケースの抽出等を行うことと並行し、周辺作家のなかから、古典主義時代において「書くこと」の意義に一石を投じたと目されるアントワーヌ・ド・クルタンの著作に重点を置きつつ、論客としてのラシーヌの位置づけを再確認することを優先課題に据えた。 クルタンの著作『フランスの貴紳が実践する礼儀についての新論』を、フランス国立図書館所蔵のオリジナルに遡って検討し、同時代の類書も参考にしつつ、「効果的に語ること」が「効果的に書くこと」よりも優位とされてきた古典主義時代の価値観が変化しはじめた時期を推定、とりわけ重要と思われるクルタンの主張を部分的に訳出、註を施すなどの作業を行った(一部を『人文学論叢』に発表、字数の関係で残りは平成25度に発表予定)。世俗的な指南書と思われがちな著作のなかに文学論争に関わりの深い事項が盛り込まれており、古典主義時代の宮廷人たち・文人たちの意識を量る上で有用な発見も多かった。 これらを踏まえてラシーヌおよび周辺作家たちにとっての「書くこと」の意義や認識を整理し、それが文学論争にどのように影響したかについては現在とりまとめ中で、年度内に公表にまで至らなかったことが悔やまれるが、論客・文人たちの影響関係にまで言及するには根拠となる資料が足りず、安易に結論を出すことは控えざるをえなかった。十分な論拠を用意できた「書くこと」の意義と認識の推移については、クルタンの影響を中心に、本研究課題の成果として平成25年度の紀要に投稿予定である。
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