前年度に実施した調査研究を発展させ、ハーマンにおける翻訳論に関し、さらに18世紀の著作家・思想家における翻訳論との比較を進めた。 前年度秋の国際ハーマン学会における口頭発表の内容を深め、その議論の場で特に指摘されたヘルダーの翻訳論との比較を集中的に行った。国際ハーマン学会における発表原稿を加筆修正し、記録論文集に寄稿する準備も進めた。前年度までに収集できた文献の整理分析も進めつつ、ドイツのその他の図書館での調査および文献収集も継続する予定であった。今回はテュービンゲン大学とコンスタンツ大学の図書館において文献の調査収集を行った。 ハーマンは起点言語から目標言語へと至るあいだのプロセスに着目し、思想内容を読み手が自分の言葉で理解しようとする営為に「メンタル・翻訳」の概念を用いたが、ヘルダーはこの概念を自分の翻訳論へと敷衍して、起点言語によって書き表された内容を目標言語による「翻訳」へと固定化しまう前の「メンタル翻訳」が最高の翻訳だと位置づけた。両者の共通点は、翻訳された状態をいわば完成品として見ていない点、オリジナルテクストの模造品を目標言語で作ることを目標とせずむしろ疑問視している点、翻訳作品ではなく目標言語によるさまざまな解釈の可能性を孕んだ「翻訳行為」のプロセスを重視する点だろう。この「メンタル翻訳」という概念をハーマンやヘルダーと共有するならば、翻訳者の使命は、「起点言語と目標言語の間での宙づり状態」のいわば訳語未決定の領域にある意味内容を、元の固有性をできるだけ失わせないまま、目標言語のなかであるひとつの単語や表現へと創造的なかたちで固定させていくことだと言えることがわかった。この「メンタル翻訳」概念を軸とした翻訳理解は、いずれ現代のガーダマーの翻訳観にもつながることになる。 当年度の研究は、ハーマンにおける「メタ翻訳」概念を中心とした18世紀言語論をテーマとしていた。これについて、予定通り日本独文学会の秋季大会での発表を行った。
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