オーストリア人作家イルゼ・アイヒンガーの作品は第二次世界大戦後のドイツ語文学における言葉への懐疑という重荷を宿命的に負っているが、その言説にいたる難解な状況はそのまま彼女の文学の難解さへと結びついており、これまでその文学的な質の高さは認められつつも、あまり研究がされていなかった。本年度はその言語実験的な手法を解明するため、まずは「メディア」というキーワードを使って、テクストのもつメディア性、また言語自体をメディアとして捉えたテクスト解釈を試みた。ドイツ、マールバッハのDeutsches Literaturarchiv(DLA)に保管されている一次資料も用い、テクスト成立過程から、新聞のコラムの需要に至るまでのアイヒンガーの言説を多角的に検証した。その成果はDLAにおける国際シンポジウム"Aichingers Medien"において発表された。また、アイヒンガーの英語及び英国のモチーフ、英語文学からの影響については、これまでほとんど研究がなされていないが、双子の姉妹であるヘルガが1939年にロンドンへ亡命してその後今日に至るまで在住している自伝的要素も含め、作品における影響は現在評価されているよりも大きいとの仮説の元、「英国」をキーワードにテクスト上に見られる影響を探った。実際に、英国からの言語的、文学的影響は作品の深いところにまで至っていることが判明した。この研究結果については、ロンドンのオーストリア大使館で開かれた国際シンポジウム"Ilse Aichinger in England"において発表された。両シンポジウムの研究発表内容は、平成23年度にそれぞれ単行本として刊行予定である。
|