2010年度の前半は、〈大いなる賭け〉グループの詩人ロジェ・ジルベール=ルコントについての著作の完成に力を入れた。ジルベール=ルコントは神秘思想や東洋思想の影響を受け、合理的な思考とは相容れない「誕生以前の世界」を求めた。それは「詩=形而上学」の探究でもあり、また、個人が孤立せずに水面下につながりあった一種の〈全体〉の希求でもあった。こうしたジルベール=ルコントの思想や詩はまさに本研究のテーマとなっている異化作用の典型と言えよう。 また、〈大いなる賭け〉に先行するシュルレアリスムの中心的人物アンドレ・ブルトンも、夢や狂気、あるいは無意識に注目し、文学・芸術における異化作用を追求した。そのブルトンが、第2次世界大戦中にマルチニックに立ち寄り、自分の求めていた異化作用が実現した世界と出会った興奮に酔う一方で、そのマルチニックが植民地としてヨーロッパから収奪の対象になっていることに義憤を抱いて書いたのが『蛇使いの女マルチニック』である。普段はあまり注目されないこのブルトンの著作を精読し、彼の求めた異化作用を明らかにするとともに、モダニズムとエキゾティシズムの関係にも迫る論文を執筆した。 さらに、シュルレアリスムにも参加したミシェル・レリスについては、その著作の翻訳に取り組みつつ、ジルベール=ルコントやブルトンともやや異なり、日常に秘められた異化作用を求めるその文学活動の研究を進めている。そして、そのレリスに影響を与えた異端の作家レーモン・ルーセルについては、やはり著作の翻訳にも取り組みつつ、言語遊戯を利用したその独特の異化作用のメカニズムの解明をおこなっている。 シュルレアリスムにとっても重要であった視覚芸術の在り方についても、無意識や身体性との関係に注目しつつ、異化作用の観点から研究を継続中であることを最後に付言する。
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