2012年度は、アンドレ・ブルトンとハイチの関係を主に調べた。第2次世界大戦中にアメリカに渡ったブルトンは、1945年末、招かれてハイチに赴き、連続講演をおこなった。それがいわゆるハイチ革命の引き金になったと言われているのだが、ブルトンのほうもハイチの自然やブードゥー教から大きな影響を受け、特にブードゥー教に関しては、その恍惚体験をシュルレアリスムにおける夢や無意識の重視と結びつけ、そうしたハイチの自然や民間信仰が、「人間が自分自身と和解すること」を可能にしてくれると確認したのだ。それはまた、「新しい神話」における「透明な巨人」につながる。ここには、疎外されていた本源的な自己に至る回路がエキゾティシズムによってもたらされるという一種の逆説が見てとれるのである。 一方で、やはりシュルレアリストのひとりでありながら、途中でブルトンと袂を別ったミシェル・レリスの主著『ゲームの規則』の第4巻『かすかな響き』の翻訳を進めつつ、このきわめて重要な書物の分析もおこなった。五月革命後の時期に書かれた『かすかな響き』には、革命への一種の憧憬が見てとれるが、レリスにとって革命は、それが自己の変革につながるという意味では、モダニズムやエキゾティシズムと通底していた。しかし、彼はそうした革命=モダニズム=エキゾティシズムを単純に信奉するのではなく、その限界や危険性にも意識的である。要するに、やみくもな異化作用はむしろ自己疎外をもたらし、「人間が自分自身と和解すること」には至らないのだ。 こうした文学・芸術関係の研究と並行して、19世紀末に登場し、人間の知覚に異化作用をもたらした映画についての研究もおこなっている。映画や視覚をめぐる問題を、シュルレアリスムとも関連づけつつ、モダニズムやエキゾティシズムの観点からとらえなおすことが、今後の課題でもあるだろう。
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