先住民族と現在呼ばれる人々は、ある定まった特徴をもつ人々というより、特定の政治的状況下で共通する立場におかれている人々である。これは一見自明のようだが、一般的には、また学識者の間でさえも、じつは深く浸透しているとはいえない考えだ。わたしも旧英領植民地を中心に先住諸民族の現状とその背景を、主に文学研究の立場から考えつづけ、美術史や文化人類学の先行研究も参照し、オーストラリアや南太平洋でのフィールドワークを経て、ようやくこの考えに至った。それは民族、人種、国、倫理といった異文化問交渉の際に必ず問題になる基礎概念が、いまだに西欧中心的な視野から脱していないからではないか。この疑問を近代日本人という特異な(と現時点でわたしは考えている)立場から考えるべく、各地で調査と文献調査や研究発表を行った。 具体的には1.ドミニカ島の先住民族カリブの居留地調査、同島出身の作家ジーン・リースのカリブと日本人が並置された小品の分析、2.フランス海外県(タヒチとマルティニーク)の住民や作家へのインタヴュー、フランスのケ・ブランリー博物館とルーヴル博物館の先住民関連展示分析、3.南インド・マイソール大学における文学研究者たちとの意見交換(対日本意識、英語文学とカンナダ文学の力関係等)、4.ケンブリッジ大学図書館での植民地行政官ヘスケス・ベル関連一次資料調査、5.オーストラリア先住民に関し、ユエンドゥム・アート・センターでの調査や研究者らとの意見交換、T・G・H・ストレローの聖/秘物蒐集をめぐる論争資料調査、6.西インド大学トリニダード校や大英図書館、ロンドン大学の貴重資料閲覧、等を行った。対象地域分野は多岐にわたるが、研究主題はひとつである。日本人による先住民族の定義や人種概念の再考は、日本国外の研究者にとって新鮮な視線と根本的な問題提言になりうることを、国外の学会での成果発表の場で感じた。
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