研究概要 |
本研究では、ウィリアムズ゙症候群疾患の先行研究で議論されてきた言語能力のモジュール性と音韻処理能力との間の関連性を探った。同時に、主に促音と長母音を含む単語反転のデータを分析し、‘浮遊モーラ’を音韻論における新概念として提唱した。これらの成果は、当該分野の国際学会で広く発表し、研究の総括の一端とした。 (1) 被験者の単語反転ラドリングの反応時間の短さ[RT(41 ms, 957 ms); mean = 323 ms]から、当ラドリングは文字知識介入の余地のない感覚記憶から直接繰り出される稀有で純粋な音韻データを提供していると結論し、非定型性言語の言語学的価値を主張した。 (2) 単語を構成するモーラ数(x)と反応時間(y)の相関関係がやや負に傾いた0に近い値[ρ(x, y) = -0.0623]を示していることから、単語の長短と音韻処理の困難度には直接の関連性はないものと結論した。 (3) 予測から逸脱した一見不規則なアウトプットは、促音と長母音の交替現象に集中していることから、両者は音のメロディー材料が未決定の‘浮遊モーラ’を深層構造として共有していると提唱した。促音と長母音は、メロディー材料が左右方向から拡散して‘浮遊モーラ’を充足することによって決定されるものとし、拡散の方向性の間違いにより、両者の交替現象が説明されると結論した。 (4)単語反転は日本の文化に根付いている言葉遊びではなく、被験者の周辺にも当能力を示す者はいないという事実から、被験者は単語反転の初期データに触れることなく、反転の規則を自ら生成したものと考えられる。被験者には、年齢とともに他の認知行動に質の低下がみられる一方で、単語反転の高い質は維持されている。従って、通常の臨界期を超えて音韻処理能力の習得と維持を可能にする被験者の脳機能の可塑性は高く、音韻処理能力のモジュール性も高いものと結論した。
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