研究課題/領域番号 |
22520415
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研究機関 | 大阪保健医療大学 |
研究代表者 |
松井 理直 大阪保健医療大学, 保健医療学部, 教授 (00273714)
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研究期間 (年度) |
2010-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 条件文理解 / 既定性 / 関連性理論 / Wason 選択課題 / 日常推論 / バイアス |
研究概要 |
本年度は日本語条件文の「理解過程」において、情報の既定性 (有田 2007) がどのような影響を及ぼしているかという問題について、Wason 選択課題の実験手法を用いた検証を行った。情報の既定性とは命題の真理値が定まっていることを指し、日本語では一般に時制節の違いによって既定性の有無が示される。さらに、この既定性の違いに基づいて日本語の条件文は、予測的条件文・認識的条件文・反事実的条件文に分類される。有田 (2007) では「話し手」の知識における情報の既定性に基づいて定義づけが行われているが、既定性が時制性として明示されることから、この性質が「聞き手」の文理解にも影響を与えると考えられる。本年度は、こうした既定性に基づく条件文理解過程について研究を行った。 実験の結果、「PならばQ」という条件文を理解する過程において、情報の既定性が所与の条件文である「PならばQ」の真理値と、その部分否定形である「PならばQでない」という条件文の真理値を峻別可能か否かが条件文の理解傾向・バイアスの生起に重要な影響を与えることが分かった。例えば、前件肯定の既定性が明確な情報は「PならばQ」と「PならばQでない」の真理値を常に分離可能であるため、確証バイアスかマッチングバイアスを生じさせる。一方、前件否定あるいは後件否定の情報が既定的であった場合には、「PならばQ」と「PならばQでない」の真理値は常に分離不可能であるため、こうした情報は無視される。興味深いことに、後件肯定の既定性が明確である時は、前件が真である時のみ「PならばQ」と「PならばQでないという条件文の真理値に違いが出るため、確証バイアスを生じさせやすくなる。 この実験結果は、情報の既定性と共に、語用論計算の影響が日常推論におけるバイアスを生じさせていることを意味しており、興味深い結果といえるだろう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画通り、日本語の「れば」「たら」「なら」「と」といった条件文のタイプの違いが、推論判断に及ぼす影響の違いについて確認できた。特に、Wason 選択課題を援用した「PならばQ」という条件文理解実験の結果、情報の既定性が所与の条件文である「PならばQ」の真理値と、その部分否定形である「PならばQでない」という条件文の真理値を峻別可能か否かが、条件文の理解傾向・バイアスの生起に重要な影響を与えることが分かった点は重要である。これまで、日常推論において、論理と異なった判断をもたらすバイアスの存在は、論理と独立しているものと仮定されることが多かった。しかし、本実験の結果は、日常推論におけるバイアス自体が、文の理解過程における語用論計算の影響を強く受けていることを示唆している。これは本研究の目的である条件文と日常推論の理解過程に関する興味深い性質であり、当初の研究目標の1つを明確にできたことになる。この点で、現在のところ、ほぼ順調に研究目標を達成できているといえるであろう。 しかし、当初の研究では想定されていなかった要因も明確になってきた。まず、いくつかの実験結果から、条件文や推論のオンライン処理過程において、1つの仮説のみが処理されるのではなく、複数の仮説が並行的に検討されている可能性が示唆された。これは現在のモデルでは説明できない点であり、モデルに並列的な計算過程の導入が必要となる。また、推論過程において被験者が必ずしも最適な確率事象を選択するとは限らないことも分かってきた。この点については、プロスペクト理論を推論過程へ応用することによって解決できる問題かもしれない。最終年度には、こうした点もモデルに加えながら、関連性に基づく日常推論のモデルを構築していく予定である。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度までの研究により、日本語の「れば」「たら」「なら」「と」といった条件文のタイプの違いが、推論判断に及ぼす影響の違い、また「PならばQ」という条件文理解実験の結果、情報の既定性が所与の条件文である「PならばQ」の真理値と、その部分否定形である「PならばQでない」という条件文の真理値を峻別可能か否かが、条件文の理解傾向・バイアスの生起に重要な影響を与えることが明らかとなった。 前述したように、この最後の点は、日常推論において、論理と異なった判断をもたらすバイアスの存在が論理と独立しているものではなく、バイアス自体が文の理解過程における語用論計算の影響を強く受けていることを示唆している点で重要である。 こうした語用論計算とバイアスの相互作用は、実験計画段階では想定されていなかった。したがって、最終年度の研究ではこの点についてもより精密な研究が必要となる。例えば、日常推論のバイアスとしては、確証バイアス・マッチングバイアス・主題性効果などが主張されてきた。こうした各種バイアスが、どのような語用論計算と関係しているのかを検証しなければならない。この点で、最終年の実験計画は若干の修正が必要となる。 まず、Wason 選択課題に情報の既定性をコントロールする条件を付け加え、それが各種条件文の理解過程の違いにどのような影響を与えるのかを検討する必要がある。また、日本語の条件文の中で特異な形式と考えられる「PするとQ」という「ト形」の条件文について、情報の既定性が本当に関与しているのかという点についても検討しなければならない。こうした実験条件を整備することで、当初の計画である条件文と日常推論の理解過程について、より正確な議論ができるようになると考えられる。
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