研究概要 |
本研究の目的は、時制の豊富な言語であるフランス語を対象として、ややもすれば単文の考察に終始しがちな時制の研究を談話レベルで行うことである。時制を時間軸上での出来事の分布を示すものと考える伝統的な立場では、ライヘンバッハのS=発話時点、E=出来事時点、R=基準点の3つのパラメータで記述することが広く行われてきた。しかしこの考え方では、例えばフランス語のPierre pensait que son pera revenu avant midi.「ピエールは父親が正午までに戻って来ているだろうと考えた」において、pensaitに割り当てるパラメータがなくなってしまうことが知られていた。時制の正しい記述のためにはS,E,Rの他に、談話内人物(この例ではPierre)に視点を設定しなくてはならない。本研究ではフランス語時制を発話時点を中心とするゾーンと過去の時点t1を中心とするゾーンに二分する分析に基づいて、過去の研究で論議の的となってきたJean semiten mit en route dans sa nouvelle Mercedes. Il attrapa une contravention. Il roulait trop vite「ジャンはベンツの新車ででかけた。彼は違反切符を切られてしまった。スピードを出しすぎていたのだ」の半過去もまた、過去時点t1(=attrapa)に視点をおいてそれより過去のゾーンを振り返った用法であることを明らかにし、さらにこの現象の理解を深めるためには時制の一致の考察が不可欠であることを示した。また半過去の用法を正しく記述するためには、視点移動をともなうrecitの半過去とdiscoursの半過去を別せねばならず、その区別に深く関係するのが話し手の談話構築という観点に立つことが必要不可欠であることを示した。
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