本年度の主たる成果は次の1~3である。 1.条件形を構成要素に含んだ接続詞ソレデハ・ソレナラ類とソレダカラ類を取り上げ、近世期以降現代に至る上方・大阪語と江戸・東京語における使用状況について、(1)条件表現史全体の推移に各接続詞的用法の条件形のそれを位置づけること、(2)上方・大阪語と江戸・東京語の影響関係を視野に入れることの2点を重視して検討した。(1)により上方・大阪語でソレナラ、江戸・東京語でソレダカラがそれぞれ語彙化を先行させていることが判明する。また明治以降の状況把握において、(2)の両地域語の影響関係を視野に入れた近世期からの歴史に位置づけることで初めて明らかとなる部分があることがわかる。 2.同じく条件形を構成要素に含む当為表現について、1.の(1)(2)の観点から肯定的当為表現(ネバナラナイ類)と否定的当為表現(テハナラナイ類)の推移について検討した。両当為表現とも時の中央語で文法形式として発達する傾向があり、またもう一方の地域語としてある言語の当為表現の使用法に中央語の影響が見出せることが判明した。 3.「言文一致体」と一口に称される文章の内部の多様性について、尾崎紅葉の『多情多恨』と田山花袋の「蒲団」とを取り上げ、語りと語法(具体的にはノデアル)の両面から検討した。『多情多恨』では先行文脈を受けない用法(実情披瀝)が多く、読者に語りかける調子を生じ、「蒲団」では先行文脈を受ける用法(事情説明)が多く、論理の結末をつける叙述志向の強い文体を構成する。「言文一致体」と一口に言っても、尾崎紅葉と明治40年代以降のそれとでは、語り手の顕在性-潜在性の点で大きく異なっており、そのことはまた語の運用面においても反映されるということである。
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