信頼できる言語データをある程度入手できたこと、その上、インフォーマントである雲南民族大学岳麻〓副教授の協力を得ることができたので、一年目から景頗語と日本語の格助詞との対照研究を進めることができ、以下の2点の成果をあげることができた。 1 戴慶度、徐悉艱(1986)『景頗語語法』において、形容詞や動詞が名詞を修飾するときに用いられる格助詞とされていた「ai」は、格助詞ではなく、形容詞と動詞を含む用言の語尾であることを突き止めた。この「ai」が、形容詞文や動詞文の「文末助詞」とされている「ai」、及び、形容詞や動詞が名詞化する際の語尾である「ai」と同形であることには、従来の研究者も気付いていたが、形容詞や動詞(の語幹)と「ai」の関係がたいへん緊密なものではなしこと、それから、景頗語の周りで話されている諸言語において、用言の名詞化マーカー、名詞修飾形、文末用法形式の3者が一致している言語がなかったので、研究者たちは別々のものとして記述することになった。これに対して、わたしは、江戸時期の日本語において、名詞化及び名詞修飾の機能の両方を担う連体形と文末用法の終止形が一致していたこと、それから、アルタイ語族の一部の言語、例えば、モンゴル語においては今でも似た現象が一部観察されることを傍証として、学会で口頭発表をし、多くの研究者の理解を得た。 2 日本語及び朝鮮語の格標識は、地理的に隣り合わせになっているアルタイ語族の諸言語と違い、むしろ遠く離れている漢・チベット語族チベット・ビルマ語派の諸言語と同じであることを確認できた。つまり、アルタイ語族の諸言語では、格標識は名詞の格変化という屈折的性格のものだが、日本語、朝鮮語と漢・チベット語族チベット・ヒルマ語派の諸言語では、名詞の後に助詞がつくという膠着的な手段であることが分かった。
|