研究目的である、平曲譜本の音形変化に関する調査と諸本比較整理のため、前年に引き続き譜本の調査を行った。具体的には、その本文や譜記からして非常に近い関係にあると考えられる青洲文庫本平曲譜本と尾崎家本平曲譜本とを対象として、①動詞音便形の調査、②濁点の付され方の2点について2本間の相違に重きを置いて用例を拾い上げ整理検討を行った。①の音便について、2本で音便の有無が異なる例はほとんど見られなかったが、尾崎本では動詞の送り仮名部分が表記されず、音便の有無が判断できない例が頻出するのに対して、青洲本ではそのような用例がほとんど見られない。ただ、いずれも他の用例からして「当時の資料において音便の有無に偏りがあり、ある程度その形について推測が可能な動詞」に限って送り仮名が表記されていない、という点では共通しており、これは濁点の調査結果に見られる「自明のものには注記をしない、すなわち、注記が行われるのは複数の読みの可能性がある場合である」という傾向とも一致する。尾崎本で青洲本よりもその傾向が強いことも同様である。時代的・地理的な面で、より詳細な注記の必要があり、誰が見てもわかりやすい表記になっている青洲本と、おそらくは初期の本であるが故に注記が未発達であり、かつ、さほどそれらを必要としなかった尾崎本の特徴がそこにも現れていると考えられよう。 なお、研究目的のひとつとして挙げた、これら音変化とアクセントの関係については、調査が予定通りに進まなかったため、同種の動詞について音便の有無、連濁の有無によるアクセントの相違について傾向を見出すほどの用例を得ることができず、単純な比較を行うにとどまった。
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