研究代表者(守屋)は、日本語と英語の事態把握の認知枠の違いとして、否定辞繰り上げ現象を取り上げた。I don't think he will come until tomorrow.のように、従属節の否定を主節に移すことによって、否定をぼかすこの現象は、日本語、英語のみならず多くの言語で見られるが、これを可能にする主節の述語をどう規定するかが問題となっていた。そこで、この現象を文法化の産物と見ることによって、個別言語ごとに文法化の条件を満たす述語が厳密には一致しないことが、一見すると、個別言語間の述語の非対応につながっていることを指摘した。これは、たとえば、thinkと「考える」という語の背後には、異なった事態把握の仕方をしている事が表されているということである。 研究分担者(堀江)は、日本語と韓国語の文末表現の違いに着目して、文法と語用論の相互作用の点でどのような事態把握の認知枠の違いが存在するかについて研究を行った。日本語、韓国語、中国語などには、共通して名詞を述部に置く名詞述語構造が見られる。しかし、これらの言語の中では、日本語における使用頻度が他の言語よりも圧倒的に多いということがわかった。この違いは、日本語が、対人的配慮を重視する観点から、述部に動詞や形容詞を置くよりも名詞を置くことで、聞き手に、語用論的な推論による意味解釈をする余地を増加させようとする動機付けが働いていることを、韓国語との具体的なデータの対比によって明らかにした。
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