本年度は研究期間最終年度に当たり、とくに以下の成果、見通しを得た。 (1)本研究の主題である政治意識の問題で、領主側の政治意識とは、領主(本研究では大名)自身や儒者、また相応の知識を持つ家臣層のそれも対象にするが、さらに政治行政の実務に従事する家臣・役人層の政治意識、福祉観念まで掘り下げるのが一定度可能となった。それは、実務家臣の役儀意識、奉公認識の解析を通し検証できる。武士層は近世段階では役人として性格が強く、民政担当の家臣・武士層は、可能な限り多くの年貢収納を実現するのが、「御為」と考える傾向が強い。家臣の役儀の基本は主君奉公で、その軸は領主財政の安定と強く認識される。これはいずれの藩政文書類でも確認できるが、それが領民の疲弊を招く。しかし、家臣・役人は自身の保身や昇進を目途に、むしろかかる民政実務を展開する傾向が強い。かかる動向が結局、藩体制・武士政権に危険性をもたらすのは考慮され、救済が志向されるが、むしろ、「御為」に民政役方に勤める家臣・役人の意識と行動からは、救済志向は生み出されにくい。主従関係にあり、かつ泰平な時代に相応の成果を目指し、昇進を実現を目指す武士の心性が構造的に絡まり、「仁政」・福祉・救済の実現は、構造的に困難という見通しを得た。 (2)近世の福祉観念のあり方は、地域社会の人々が領主側にいかなる福祉政策を期待しているのかの検証も不可欠で、願書、訴願の内容の地道な検証から浮かび上がらせるのが確実な方策である。ただ村請制という政治社会システムのなかでは、役人層の意識や役割が重要な問題であるのを再確認した。村役人層は領主側の意向をいわば先取りし、地域民の意向を領主的な立場を考慮して懐柔する局面もある。
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