年度計画として掲げたのは、①中国・朝鮮等の大蔵経史料の調査・収集、②日本写経における中国・朝鮮刊本大蔵経の痕跡探査、③「一切経年表」の充実、④日本列島内の地域史研究との接合である。いずれも継続的に進めた。特に前進したのは④である。 主に①②と④の研究をつなげる考察に向かい、7月に「世界史のなかの尾張・三河中世文書」と題した学会報告を行い、本研究課題をまとめる段階に入った。そこでは、広域世界での歴史考察と、地域の社会構造の分析とを、史料学的素材に即して論じた。東アジアにおける大蔵経的世界という独自の知見に加えて、南アジアインドの仏教史を視野に入れる必要性について、新たな論点を見いだした。しかもそのことを、日本中世形成期の地域民衆世界との関係で論じる必要性について、史実によって示し得た。 4年間の研究をまとめる段階において、新たな研究対象が明確になった。それは、日本古代・中世における山寺について、新たな視点から解明することである。その場合、平地の寺院との関係で問うことはもちろん、平地・山地の寺院を、世俗の地域社会との関係で動態的に把握し、そのことが新たな日本中世形成史像に結びつく、という実感を得た。大蔵経的世界という歴史環境の一方で、地縁民衆世界の形成期に仏教的結合原理が浮上し、その意識化が中世寺院の広範な存立基盤になった。特に中世の山寺は、里人の動向と緊密に機能しており、中世民衆思想形成の場であることがわかってきた。 普門寺(愛知県豊橋市)の史料調査を継続している。その際、以上の研究段階に鑑みて、史料学的分析を深めた。永暦2年(1161)の僧永意起請木札をめぐり、木簡学会大会で報告し、出土文字史料との対比、木札史料としての特質考察、起請・起請文をめぐる思想史研究、という論点を提出した。これらの成果は、平成26年度に論文として作成・公表する予定である。
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