本研究は、オスマン朝支配初期(16世紀)に編纂されたダマスクス州のワクフ(宗教的寄進)調査台帳の基本データを解読し、データベースを作成し、ダマスクス州の社会経済資源と寄進に関わる国家、集団、個人の社会関係を明らかにすることを目的とする。 24年度は、トルコ・オスマン文書館に所蔵される3冊のワクフ台帳のうち、台帳602の寄進文書(1350件)の詳細データ(寄進物件の種別、所在地、収入額)の解読とデータベース入力と分析を行った。トルコにおいて校訂出版された同時期の土地台帳401との参照・比較によって、解読と分析の精度を高めた。 その分析結果をもとに、第9回シリア史国際会議(ヨルダン、アンマン大学、4月)および第46回北米中東学会(米国、デンバー、11月)において、研究発表を行った。後者では、有力者(政治支配者や官僚)の寄進だけではなく、「草の根」レベルの一般住民(とくに村村落住民)の農地経営や土地寄進の実態や、寄進物件の地理的な分布(ダマスクス近郊の農業地帯の比率が高いこと)、農村の富の都市施設への環流などを明らかにしたことに対し、高い評価があった。前者についてはプロシーディングスに寄稿した。 詳細データ(とくに所在地)は、特殊な帳簿用の字体(シヤーカト体)で記録されているため、解読は予想以上に困難があったが、オスマン朝時代の土地台帳の研究を専門とする若手研究者の作業協力をうることによって、詳細データの解読まで進めることができた。本研究によって基盤となるデータと分析手法が構築できたので、今後残る2冊のワクフ台帳の解読と分析を継続し、他の地域との比較研究を国際的な場で行っていく。
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