本研究の目的は、19世紀前半に存在したロシア初の特権株式であるロシア・アメリカの流通史を追うことで、ロシアにおけるユーラシア全体の商業網がどのように形成され、どのような特徴を有していたのか、商人間のネットワークの形態などを明らかにすることである。このため、研究機器としてパソコン、プリンターなど新しい機材を発注し、データの効率化を進める準備を行った。しかし計画していたモスクワの「ロシア帝国外務文書館(AVPRI)」での作業は、ロシア外務省の手続きが長期化して入館できず、本年度はモスクワの国立図書館に所蔵される歴史文献の収集に集中した。 文書館作業が滞ったことから、本年度はこれまでの研究蓄積の刊行を重点的に行った。森永貴子著『イルクーツク商人とキャフタ貿易』(北海道出版会、2010年)は、2005年に一橋大学に提出した学位論文に加筆修正したものだが、その当時入手できなかったデータや文献を本書で加え、さらにより体系的分析を加えた上で刊行したものである。タイトルのイルクーツク商人は、ロシア・アメリカ会社の設立において重要な役割を果たした商人集団であり、その出自、ネットワークの解明は同社の経営と流通の問題と密接に関わるものである。これまでこの分野では日露関係史による分析はあったが、経済史からの分析はなかった。今回本書が初めて経済史的分析を行ったことで、本科研テーマである帝政ロシアの商業ネットワークの一端を解明できたと考える。 また本年度調査を開始したユーラシア大陸の茶貿易については、モスクワにおける調査結果を基に、東大東洋文化研究所、慶応三田キャンパスにてそれぞれ研究報告を行っており、より広域的規模での茶貿易の可能性を視野に入れつつ、今後の研究を準備しているところである。
|