本科研課題の採択通知が10月下旬になって出たため、すでに準備し始めていた新規の科研申請課題(本研究課題が採択されたため差戻し)との調整に少し手間取ったが、適切かつ最小限の軌道修正により、本研究課題の目的と意義に適ったテーマをより厳密化し、研究を進めた。具体的には、15世紀後半のスイス北西部の一村落で起こったイムリ紛争と呼ばれる村落内紛争に関するラント裁判記録の判読、分析に取り組んだ。 その結果、スイス北西部のシスガウ・ラントグラーフシャフト管轄区においては、この管轄区を単位にラント裁判区が形成され、裁判区内の農民エリートたちがラントグラーフの名のもとに裁判を主導し、地域秩序の維持・形成に積極的な役割を果たしていたこと、またハプスブルク家の家人層に起源をもつと思われる在地の領主層が助言者として間接的に関与し、農民主導の裁判の正当性を保証する役割を果たしていたこと、さらに最終的に都市がラントグラーフの地位を獲得することによって判決にも強い影響を与えたことが見えてきた。 この分析結果は、紛争解決のプロセスを通じて地域の権力構造(都市、在地領主層、農民)と地域秩序との関係を浮き彫りにするものであり、地域社会の統合のあり方、あるいはのちに盟約者団国家に編入される地域の構造の解明という観点から大きな意義をもつ。来年度は、この点をより深化させ、移動という観点にも可能性を見いだすべく、裁判記録のさらなる分析や、他の紛争史料へのアクセスを試みる。
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