本研究の目的は、スイス盟約者団を中心とした政治的枠組みの拡充という、他のヨーロッパ諸国家とは異なる独自の国家形成のあり方を示したスイスの15世紀について、盟約者団加盟前のスイス北西部の都市バーゼルの周辺領域がどのような地域統合のあり方を示していたのかを分析することであった。 過年度の取り組みからは、シスガウ・ラント裁判区内の1460年頃のラント裁判記録を史料として解読・分析をすることにより、農民による自律的なラント裁判組織を中心とした「統合」の側面に一定の見通しを得たが、今年度は、それ以降、15世紀末までの状況の分析により、支配権の「移動」による地域統合への影響について、一定の見通しを得ることができた。 得られた結果としては、1)シスガウ・ラント裁判区が都市バーゼルの支配権のもとに入った後もラント裁判組織は維持され、それを担う農民の自律的地位にも変化はなく、何らの構造変化ももたらさなかったこと、2)とりわけ有力農民はバーゼルと村落領主との紛争の仲裁裁判においても、すなわちラント裁判以外の場においても、バーゼル側の仲裁者として登場するなど重責を担い、バーゼルとの密接な結びつきの形成を見て取れること、3)ラント裁判の正当性に否定的だった村落領主さえもが場合によってはラント裁判に依存するなど、ラント裁判の地域平和への貢献度が認識されるようになったこと、以上を挙げることができる。 これらの成果は、論文「都市の領域支配形成と農民自治の構造 ―15世紀後半のバーゼルを例に―」(『新しい歴史学のために』281号)として公刊した。 本研究の意義は、スイスにおける国家形成の基盤について、都市・農村関係から地域統合のあり方を見ることにより、その具体的なプロセスの一端を明らかにしえたという点にある。
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