本年度は本研究の第1年目であり、まずは計画通り関連文献の調査・収集・検討をおこなった。いわゆる「ゲルマン人」関連の最新の文献を収集・精読するとともに、帝国西部地域に関する考古学的研究の成果も取り入れることに努力した。最近の研究成果はイギリス・ドイツの中世史研究者の手になるものが多いが、そこでは従来の伝統的なゲルマン民族大移動像は大幅に変更されており、アイデンティティの可変性の議論の下で、移動する集団の規模も行動の持つ暴力性なども非常に小さく見積もられる傾向が強いことが判明した。 また、最新の研究情報の入手と専門研究者との意見交換などのため、これも計画通り、夏期の海外調査を実施した。ケンブリッジ大学とハイデルベルク大学を拠点とし、研究活動を実施した。とくに古代末期を専門とするケンブリッジ大学古典学部上級講師のクリストファー・ケリー博士に文献調査に協力してもらっただけでなく、ゲルマン系諸部族の移動に関する解釈や史料について同博士と意見交換できたことが有意義であった。さらに、ハイデルベルク大学に拠点を置いた研修期間中にマインツ市内やライン川沿いのボッパルトのローマ遺跡など、対象とする時期の防御施設の遺構を調査できたことは、これらが激動の時代の重要な舞台であったため、多くの貴重な知見を得ることができた。帰国後、調査の成果と文献による研究とをあわせて課題の考察を進め、とくに4世紀後半の帝国辺境地域の分析を深め、ユリアヌス帝治世に絞って論文にまとめた。これはただちに『西洋古代史研究』第10号に掲載され、広く批判を仰ぐことができるようになった点は成果と考えている。5世紀の帝国史への展望も持つことができた。ただ、研究計画段階の予想を超えて、研究の過程で当該時代のローマ市のありようを調べる必要を痛感し、調査を計画したものの、本年度は実現することができなかった。次年度以降の課題としたい。
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