2011年9月12日から18日までハンガリーのブダペストに滞在し、ハンガリー国立セーチェーニ図書館およびハンガリー科学アカデミー図書館において、おもに近世ハンガリーの史学史に関する文献、資料の閲覧ならびに収集を行なった。それらの資料等を参考にしつつ、今年度はおもに16世紀前半における歴史書、とりわけハンガリー王国衰退の原因に言及する作品に見られる言説を検討した。これ自体については、想定された以上の成果を得ることができなかったが、引き続き、そのような言説が、後の時期の歴史書にどのように引き継がれていくのかを追跡することとした。 他方、旅行記などの記述においては、モハーチの戦いの敵であったオスマン帝国の人々に関する言説が、16世紀前半からi6世紀後半ないし17世紀前半で変化していったことが確認された。その成果の一部は、2011年11月5、6日に名古屋市立大学大学院人間文化研究科で開催されたペーチ・バルカン研究会のワークショップにおいて、A torokok kepe a magyarorszagi ertelmiseg koreben a 16. szazad elso feleben(16世紀前半のハンガリー知識人の「トルコ人」像)という題目の報告において発表した。 2012年3月27日から3月31日までハンガリーのブダペストに滞在し、前年9月の出張の際に閲覧できなかった文献を閲覧するとともに、モハーチの戦いとその後のオスマン帝国との戦いなどにを描いた近世および近代の図像資料およびそれらに関する美術史研究ならびに歴史研究の文献、資料を収集することができた。これらは近代におけるモハーチ敗戦に関する言説を分析する上で参考になる重要な資料である。
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