今年度、研究代表者はコルビー修道院長アダルハルドゥスが作成した『指令書』分析の予備作業として、カロリング期エリートのリテラシー、ドキュメント作成の知的基盤を検討し、以下のような見通しを得た。アダルハルドゥスをはじめ、ボッビオ修道院長ワラ、サン・ドニ修道院長フルラドゥスなどv所領管理に資するドキュメントの作成に関わった修道院長はいずれも、カール大帝などカロリング諸王の宮廷での行政経験を持ち、さらに相互に情報や蔵書の交換を行っていた。このことは、彼らがある種の行政技術を共有していたことを示唆する。そして近年の研究は、この行政技術が所領や統治対象の現実を認識し、記録するためのツール(記載様式、用語法など)を重要な構成要素としていたことを指摘している。実際『指令書』の射程は狭義の所領経営を超え、貧者の救済や広域ネットワークの構築を通じでの社会秩序維持をも含んでいるが、これは所領「経営」もまたフランク国制の一環として理解すべきことを示唆しでいる。これはまた、アダルハルドゥスがカール大帝の取りまきとして、フランク王国の統合を最優先課題としていたとする近年の研究動向とも適合的である。 また連携研究者はカピトゥテリア、司教カピトゥラリア、教会会議、王国集会に関する史料・文献の収集・閲覧を行い、分析成果の一部を論文として公表した。そこではカロリング後期・末期においても、カール大帝期に見られた集会システムが一定程度機能していたこと、カピトゥラリア等を通じた国制システムに関してもカロリング期全体を広く射程に収めた分析が必要であることが指摘されている。これらの知見から、カロリング期のドキュメントについて、それが作成・利用された歴史的コンテクストを精査することが今後の課題として浮かびあがってきたと言える。
|