研究課題/領域番号 |
22520747
|
研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
丹下 栄 熊本大学, 文学部, 教授 (10179921)
|
研究期間 (年度) |
2010-04-01 – 2015-03-31
|
キーワード | カロリング期 / コルビー修道院 / 所領管理 / アダルハルドゥス |
研究概要 |
2012年度も引きつづき、主たる作業としてコルビー修道院長アダルハルドゥスが作成した『指令書』の文言分析を進め、その成果の一部を共著の1章論文として公刊した。その概要は以下の通りである。 『指令書』は、修道士以外にも聖俗の客人や領民を内包し、巡礼や貧民などの外来者と不断に接触する「共生空間」たる修道院の円滑な運営を眼目の1つとし、集団間の無用な摩擦を回避し、現実に即応して柔軟に対処することを基本戦略として作成された。実際『指令書』には、修道院内で必要となる諸活動を分節化し必要に応じて数値化するとともに、現場の裁量を大幅に認め、状況への柔軟な対処を求める文言が随所に記されている。 ここで重要なのは、こうした対処法の合理性を担保する手段として文字テクストが用いられた、つまり『指令書』が書かれたという点である。『指令書』のなかで作者であるアダルハルドゥスはくり返し、必要な指令を事象ごとに煩をいとわず、また読み手を退屈させても文字化することの重要性を述べている。このことは文字テクストによる「現実」の可視化機能を彼が十分に認識していたことをうかがわせる一方で、文字によること細かな指令が実務担当者に必ずしも好まれてはいなかったことをも伝えている。 2012年度の研究によって、修道院管理・運営政策とともに、社会的存在としての修道院の生存戦略の一端を提示することができた。また同時にカロリング期エリートのリテラシーのあり方、さらに彼らのリテラシーと同時代社会のそれとの齟齬をも示唆し得たと考えられる。 『指令書』が何度か記す「文字テクストによる項目に分けての指令」の重要性は、研究協力者が解明しつつある「カピトゥラリア」のテクスト機能と一脈通じるものを持っているように思われる、この問題は次年度以降の検討課題としたい。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2012年度中にアダルハルドゥス『指令書』の文言分析は1つの山を越すことができた。なお精査すべき問題は残されているが、『指令書』の内容を一定の精度を持った研究資源として学界に提示することにはほぼ目処がついたと考えられる。またその過程で浮かんできたエリートのリテラシーと周辺社会のそれとの齟齬・乖離、あるいは「文字テクストによる項目に分けての指令」の持つ意味という問題系は、「カピトゥラリア」をも射程に含むことが可能と思われ、これを軸に共同研究をさらに深化させる可能性を示している。補助事業終了年度までに一定の成果を得る可能性が高まったことを踏まえ、自己評価の区分は(2)とした。
|
今後の研究の推進方策 |
2012年度までの作業で得られた成果、浮かんできた問題系をもとに、今後は以下の作業を重点的に行う。まず、テクスト分析を通じてのリテラシー解明。そのためには『指令書』のより詳細なテクスト分析とともに、ボッビオ修道院の所領台帳、『御料地令』など同時代テクストとの比較を進めるとともに、アダルハルドゥスをはじめとするカロリング期エリートの経歴から、リテラシーの形成過程を追跡する。また「文字テクストによる項目に分けての指令」の意味を探る糸口として、「カピトゥラリア」を含め、カロリング期の規範・指令的テクストの利用・保管についての基礎情報を集積する。これについては研究協力者との連携が不可欠で、連絡を密にして研究を進める。 これらの作業を通じて、最終年度(2014年度)に研究とりまとめを行うための基礎を強化していきたいと思う。
|