平成26年度は前年度にひき続き、カロリング期教会・宮廷エリートの代表的存在であるコルビー修道院長アダルハルドゥスの作成した『指令集』の検討を深化させることに努めた。教会組織の組織運営における宗教的コンテクストの重要性を指摘する近年の研究動向を受けてテクスト分析を進めた結果、このテクストの相当部分が終末における最後の審判(「審判に際して各人は、それぞれの『収支決算』を神に提示しなければならない」)、あるいは神の無謬性(「神は各人が真に必要としているものを過たずその者に分配する」)といったキリスト教の言説を下敷きとしており、またローマ法における後見制度に起源を持つ、善良なる管理者の注意を払った財産管理とその遂行を証拠立てる帳簿類の作成・保管義務が修道院長の行動を規定する根本的要因の1つとなっていた、との認識を得るに至った。研究成果は研究成果報告書として公表したほか、フランス語論文を完成させた。この論文が収録される論文集は現在出版準備中で、2015年中に刊行予定である。 これまでの研究成果は、従来ともすれば費用対効果の最大化といった近代的コンテクストのなかで語られがちであった修道院経営の「合理性」の内実を、宗教的モメントをも考慮に入れて再検討する必要を強く迫るものとなったが、修道院の組織運営における宗教的コンテクストの規定性はアダルハルドゥスの個人的資質や経験に多くを負ったコルビーの特殊事例であるのか、それともカロリング宮廷を含む当時のフランク行政全般に妥当するより普遍的な現象であるのかは、個別事例に則して具体的な解明する必要があり、その作業は今後の課題として残された。
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