研究課題/領域番号 |
22520752
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
岩波 敦子 慶應義塾大学, 理工学部, 教授 (60286648)
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キーワード | 中世ヨーロッパ / 手写本 / 天文学 / アストロラーベ |
研究概要 |
平成23年度は、天体観測儀アストロラーべを用いた天文知を北西ヨーロッパに伝えた教皇シルヴェステル2世となるオーリャックのゲルベルトゥスを軸に、10世紀から11世紀にかけて、イベリア半島から北西ヨーロッパへと至る地域におけるアラブ世界からの天文知の受容と継受を手写本の伝播から個別に分析、文献学の手法を用いた雑誌論文として纏めた。本研究により、アストロラーベを使用した天文知がゲルベルトゥスによって10世紀末ヨーロッパ世界に伝えられたという通説に、より厳密な考察を加え、アラブの天文知を伝えるルートが複数ある可能性を示唆した。また身体障害のため終生修道院を離れることのなかったライヒェナウ修道院長ヘルマヌスが、当時最新のアラブ世界からの天文知をいかにして入手しえたのかという提題を掲げ、フルリ修道院と並び、ランス、シャルトルの両聖堂参事会学校が学知伝播の結節点として機能し、そこから人的交流を通じてヨーロッパ各地に天文知が広がっていくプロセスに光を当てた。 本年度二つ目の研究課題として、中世ヨーロッパにおいて独自の発展を遂げた計算表アバクスに関する手写本テクストの分析に着手した。アバクス論稿は、自由七科artes liberales中の自由四科Quadriviumの算術と幾何に関わる教育テクストであり、中世ヨーロッパの科学知に関する教育実践を探るうえで格好のテクストといえる。アバクスを用いた計算術に関する論稿およびそれらに添付された計算表には、ヒンズー・アラビア数字のもっとも初期の形態であるGhubar記号がヨーロッパで初めて登場するが、手写本テクストを通じたアバクスに関する論稿の継受を対象とした史料調査を通して、アラビア語を介した学知の摂取に検討を加えた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成23年度前半は、天体観測儀アストロラーベの使用法に関する天文学論稿を考察対象とし、文献学的アプローチを用いてその伝播と受容を雑誌論文にまとめる作業に従事した。後半期にはアバクス論稿の分析に着手し、おおよその分析を終えている。アストロラーベとアバクスという二つの実用学を取り上げることにより、アラビア語を介した新しい学問のインパクトを背景にした中世ヨーロッパ手写本テクストの生成プロセスの一例を実証的に検証することができた。
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今後の研究の推進方策 |
平成24年度前半は、中世ヨーロッパにおいて独自の発展を遂げた計算表アバクスに関する手写本テクストの分析結果を雑誌論文にまとめる作業に従事する。アバクス論稿は自由七科artes liberales中の算術と幾何に関わる教育テクストであり、昨年度扱ったアストロラーベに関する天文学テクストとともに、本研究によって、自由四学科quadrivium教育の実践を明らかにすることができると考えている。アバクスを用いた計算術に関する論稿には、ヒンズー・アラビア数字のもっとも初期の形態であるGhubar記号がヨーロッパで初めて登場する。手写本テクストの伝播状況の分析を通じてその受容プロセスを丁寧に追うことにより、手写本テクストを通じたアラブ世界からの学知の受容の実態に近づくことを目指す。また後半期には中世ヨーロッパにおけるユークリッド幾何学の受容と伝播の分析に取り掛かる。
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