昨年度と同様に施紋研磨痕の調査を行うとともに,研磨実験を行い施紋研磨工具の同定に関わる研究を行った。前者では,佐賀県検見谷遺跡銅矛・目達原遺跡銅矛,島根県荒神谷遺跡銅矛,福岡県上月隈遺跡銅矛,福岡県吉武遺跡銅剣・銅戈,福岡県敷町銅戈,熊本県真木西津留遺跡銅戈,高知県天崎遺跡銅矛の調査を行った。 その結果,熊本県真木西津留遺跡銅戈,高知県天崎遺跡銅矛には,現状では研ぎ分け紋様が確認できなかった。今年度の調査では,顕微鏡観察を重点的に行うことで,いくつかの新たな所見を得ることができた。佐賀県検見谷遺跡銅矛・目達原遺跡銅矛,島根県荒神谷遺跡銅矛の観察からは,斜紋部境界に頻出する研磨工具のアタリのような微細痕跡から,研磨工具が布や皮革のような柔らかく可変性のあるものではなく,石のような固形物であることが判明した。しかしながら,研磨工具を砥石と特定するには至ってはいない。最有力の候補であるに止まる。 高知県天崎遺跡銅矛には,器面の著しい風化が観察され,研ぎ分け紋様を確認できないことの原因である可能性が推定された。 研磨実験では,市販の銅板を使って,トクサの茎部の表皮,朴の葉などの植物組織による研磨サンプルを作成した。しかしながら,実際に観察を行っている遺物の研磨痕とは相違点が大きく,今回の実験からは,このような植物組織については,研磨工具の可能性は低いと考えられた。 本研究では,研ぎ分け研磨痕の特徴から,施紋技術とその系統関係を解明することを最終的な目的としていた。研磨技術に関しては,研磨痕の顕微鏡レベルの観察から,非常な多様性を持った研磨技術であること,そして同時に高度の技術による研磨であることが明らかになった。また,佐賀県検見谷遺跡銅矛の観察から,研ぎ分け紋様の類型化に成功した。しかし,荒神谷遺跡銅矛との比較は,当該資料の保存修理のために,十分な検討を行うことができなかった。
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