本研究の目的は、人間が他者とともに日常生活を送る社会的動物であるということを、その共同性の根源をめぐって、「共同性」の極限ともいえる、沸騰した社会運動の記憶の現在における語りを通じて、社会性の根源の「共同性」をタイにおけるフィールドワークを通じて探求することである。今年度は、1970年代に南タイの「森に入った」経験者のライフヒストリーを含めたインタビュー調査を行い、その経験の語りを収録した。「森に入った」人々は、南タイにおいては、当時の共同生活者などの仲間と、4月10日の記念日などに毎年集まり、森から出てすでに30年近くが経過した現在でもネットワークを保っていることがわかった。現在のタイにおける国を二分する赤チャツ派、黄シャツ派の抗争が報道されているが、そこでは1970年代の民主化世代の動向が大きく関わっている。かつての民主化の記憶が彼らの現在性にいかなる意味をもつのかを解明することで、記憶が共同性の生成にいかに関わっているのかを解明する第一歩となる。初年度の調査でわかってきたのは、かつての民主運動家も、一枚岩ではなく、さまざまな立場をとっているということである。現在における人々の政治・社会状況の関係性から、記憶を逆照射することで、記憶と政治・社会状況の関係性の理解に通じるという見通しを得ることができた。記憶の現在性をビデオとして「書く=記録する」ことで、歌、情感、人々の表情、語り口も含めてその成果を記すことを本研究の特色のひとつとしているが、インタビュー時におけるビデオ撮影は順調にすすんでおり、今後はこうしたビデオ・データをいかに「書く=記録する」し、人々の情動を喚起する「よい民族誌」を作成することができるのかという手法についても研究をすすめたい。
|