本研究は、東南アジア大陸部のタイ系民族シャンが有する口承と書承の文化的実践の関係を手がかりに、シャン仏教における仏教書を使った諸実践と口承の仏教実践との関係を明らかにすることを目的としている。今年度は、シャン文字で書かれた仏教書の運用形態について資料を収集するため、タイ国北部にて調査を行なった。またタイ国で流通しているシャン文字文献の収集を行い、文献研究のための基礎資料を整理した。シャン語文書の運用形態については、文書を使用する仏教儀礼の形態、文書を取り扱う在家の知識人らについての聞き取りを行なった。これらの聞き取りから、近代学校教育の浸透と伝統的な寺院教育の衰退にもかかわらず、タイ国北部において一定程度のシャン文字知識の継承が行なわれていることが明らかとなった。 文献収集とその整理については、主として仏教関連の文書を収集し、その特徴の考察を行なった。シャン文字文献に関しては、基本的には朗誦されることを前提としてかかれる韻文体の文書が主流であること。さらに韻文体の文書でも、大きく分けると、主として仏教儀礼で寄進・朗誦されるもの、在家者の家などで朗誦されるものの違いがあり、内容も前者が仏教教義の解説や仏教説話であり、社会的に高い価値が置かれているのに対して、後者は民話・物語をベースとしたものであり、その楽しみ方は私的な領域のものと考えられている。 以上のことから、シャンの文書文化は文字知識を基礎としながらも、仏教儀礼との関係が深く、仏教実践の一形態として継承されてきていること、口承性の高いものであること、さらにシャン文書の大まかなジャンルについての情報を得ることができた。
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