本研究は、フランス人類学の定礎者、マルセル・モースの現代人類学形成史、現代思想における位置をあきらかにし、その主要なテクストの日本語の定訳を刊行することを目的とした。昨年度は、最初の中間総括として「マルセル・モースの世界」(平凡社新書)を2011年5月に刊行した。この論文集では、現在の研究水準を踏まえた概括的検討がおこなわれた。今年度は、モースの主要業績の定訳の刊行にとりくんだ。「モース著作集」全六巻(平凡社刊)として、編年のかたちをとるため、各巻ごとに、各時期におけるモースの研究の主題、関心の方向等をあきらかにしてゆくことを進め、主要著作である「贈与論」の翻訳と現代的意義の検討を鋭意進めた。 この主要著作についてはすでに何度か訳されてはいるが誤訳も散見され、また「社会学年報」の初出時の原稿を基本とする決定訳を目指し細心の校訂作業をおこなった。その結果現行の翻訳で底本とされる1950年刊行の論集と初出時のテクストの齟齬も少なからず確認された。また、昨年度から、両大戦間期の欧米経済の動態と国民国家(ナシオン)の直面したさまざまな困難への一つの回答として「贈与論」を読み解くという作業を継続したが、まさに現代資本主義の危機と変化の時機と同時的に進められた考察の、同時代的背景の検討には予想以上の時間が必要となった。また著者モースが参照した膨大な量の民族誌の多くが今日のインターネット環境においては原著のPDFファイルで参照できる状況となっており、それを踏まえた再検討は予想以上の時間と労力を要することになった。 集中的な作業を予定した夏季休暇に共訳者間で翻訳方針上の重大な意見の相違が生じ、初校の再検討を進めたが修復しがたく、きわめて遺憾ながら現在初校の校正作業をいったん凍結し意見調整を進めている。いっぽうフランスにおいても日本の学会でもモース再検討が深化しておりその把握も進めている。
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