研究実施計画に従って、2011年度までに蒐集した史料の整理・分析・検討作業を行うとともに、可能な限り新史料の調査・蒐集を進めた。本年度新たに蒐集することができた史料は、筆写によるもの(釈文のほか史料の覚書等を含む)が400字詰原稿用紙約120枚、マイクロフィルムからの引伸し印画が約1200コマ、電子複写が約140枚、デジタルカメラ撮影によるものが約3530コマ等にのぼり、また江戸時代の法制史料(写本)5点及びマイクロフィルム史料(25リール分)を購入した。これらの史料の整理・検討を通じ、江戸時代の裁判制度とその運用、法曹的吏員の法実務の実態に関して、いくつかの新知見を得ることができたが、その主なものは以下の如くである。第一に、江戸時代幕藩の民事訴訟制度が機能不全で人々の要求に応えることがほとんどできなかったとする近時の学説に対し、町奉行所与力や評定所留役による裁判実務のあり方を再評価し、大平祐一氏の著書『近世の非合法的訴訟』(創文社、2011年)に対する書評の中でその一端を述べた。第二に、各種証文や訴訟書類の戯文を新たに発見し、これを詳細に検討することにより、定型化した証文や訴訟書類ないしそれらの書式が江戸時代に広く流布したことを再認識するとともに、それらが定型的で画一化した江戸時代後期の裁判のあり方に対する批判ともなっていることを、論文「近世法律文書の戯文」で指摘した。第三に、近現代の民事訴訟の審理における書面主義の伝統が、江戸時代の裁判実務に求められることについて、評定所での審理の様子を記した史料等に基づき検討し、その要旨を短文「民事訴訟法施行以前の民事裁判」の中で述べた。
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