研究概要 |
本研究は、12世紀半ば以降におけるイングランドのコモン・ローの成立を、同時期における学識法(ローマ法・教会法)の展開の中で的確に位置付けることを最終目的として、イングランドの代表的な教会法学者の著作と実務活動を写本レヴェルにまで立ち入って考察するものである。 当初の研究計画によれば、本年度は、ウィリアム・ロンシャンの著作『学識法の訴訟手続』を主要な検討素材とする予定であった。しかし、前々年度に研究に着手した註釈学者ヴァカリウスの教皇受任裁判官としての活動の分析が(写本の解読に時間を要したため)必ずしも十分ではなかったため、今年度も引き続きヴァカリウスの実務活動の解明を中心に研究を進めた。 ヴァカリウスとファウンテン修道院長に宛てた教皇アレクサンデル3世の1177年の書翰(のちに1234年の『グレゴリウス9世教皇令集』に、第4巻第7章第2節として収録)の初期の写本(「ウスター集成」)は、現在英国図書館に3写本が所蔵されているが、そのうちの1つでは、欄外に『グラーティア―ヌス教令集』の該当個所を指示していると思われる書き込みがある。それは、「宣誓」と「信義」に関する個所であり、この註記に導かれて本書翰は『グレゴリウス9世教皇令集』においては「姦通」を扱う第4巻第7章に置かれたものと思われる。アレクサンデル3世の元々の意図は、婚姻成立要件としての自由意思に基づく合意と同衾を強調するところにあったと考えられる。その意味では、本書翰は、婚姻成立要件についての「合意」から「合意と同衾」へと教会婚姻法が大きく転換する意義をもったものと捉えることができる。 本研究の成果の一部については、本年6月に法政大学において開催される第65回法制史学会総会において、「アレクサンデル3世期における婚姻法――X 4,7,2をてがかりとして――という題目の下に報告することになっている。
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