2011年7月、ヨーロッパ人権裁判所は、イラク戦争・占領期間中にイギリス軍によって殺害されたイラク市民の遺族からの「生命に対する権利」侵害の訴えに対し、それらを認める判決を下した(Al-Skeini and Others v. the United Kingdom事件)。これは、2007年6月のイギリス貴族院判決を覆す判決であった。ヨーロッパ人権条約およびイギリスの1998年人権法に明記されている「生命に対する権利」が、戦争・占領期間中にどのように保障されるかを巡る議論が、イギリス国内およびストラスブールにおいて展開されているわけであるが、これと並行するかたちで、「生命に対する権利」の手続的保障である「公的調査(Public Inquiry)がイギリス政府によって実施されている。この「公的調査」はこれまでも重大事件に関して実施されてきたが(例えばBloody Sunday Inquiry)、イラク戦争・占領に関しても、実施されている。その最初のものが、Basa Mousa Public Inquiryであり、現在、2番目のAl-Sweady Public Inquiryが開催されている。筆者は2015年3月にこのAl-Sweady Public Inquiryを傍聴するとともに、この分野に詳しいA. T. Williams教授(Warwick大学法学部)と意見交換をおこなってきた。軍人が犯した人権侵害行為に対しては、軍法会議において審理がおこなわれるが、軍法会議が刑事司法に類似していけばいくほど、戦争・占領中に証拠・証言を確保することは困難であり、正義の実現は難しくなる。その問題を打開する一つの方策が、「公的調査」である。
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