研究課題/領域番号 |
22530050
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
道垣内 正人 早稲田大学, 法学学術院, 教授 (70114577)
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研究期間 (年度) |
2010-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 国際訴訟 / 国際仲裁 / 専属管轄 / 仲裁付託適格性 / 国家利益 / 主権行為 |
研究概要 |
本年度は、基礎的な研究として、専属管轄ルールの国際的な比較とともに、仲裁付託適格性についての各国の法制について調査を行った。とくに、ヨーロッパでは、2000年の国際裁判管轄および外国判決の承認執行に関する規則(EU加盟国には原則として適用されるもの)(ブラッセルI規則)が存在し、これに専属管轄の定めがある一方、ヨーロッパ各国は仲裁に関して、1958年の外国仲裁判断の承認および執行に関する条約(ニューヨーク条約)の締約国があり、ニューヨーク条約の締約である日本において、民事訴訟法第3条の5が専属管轄を定めている状況と対比することができ、両者のルール及びそれをめぐる議論の比較は有意義であると考えられる。ただし、ヨーロッパと日本との違いとして、専属管轄とする事項に差がある。ブラッセルI規則第22条が、不動産の物権に関する訴え等について不動産所在地国の専属管轄としているのに対し、日本の民事訴訟法はこの事項を専属管轄とはしていない。この差が生じた理由は、日本では、民事訴訟法の改正に向けた法制審議会における議論による限り、不動産の物権に関する事件であっても、紛争自体は私人間のものであるという理由から専属管轄とするまでもないとの意見が多数を占めたことにある。しかし、この理由づけでは、他の専属管轄とされている事項との区別をすることができず、理論的には再考が必要であると考えられる。これに対して、ヨーロッパでの議論は不動産という領土を構成する基本要素については国家利益の深いかかわりがあるとの認識があるようである。このような国家利益がいかに訴訟に関わるかに関する彼我の考え方の差を示すものであるとすれば、この違いを切り口として、外国の主権行為の介入を排除するという国家意思の本質に迫ることができると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ヨーロッパ連合加盟国が原則として適用義務を負っているブラッセルI規則第22条によれば、不動産の物権等に関する訴訟、会社関係の訴訟、特許等の知的財産権に関する訴訟及び登記・登録に関する訴訟について、それぞれ不動産在地国、会社の従属法所属国、特許等の登録国、登記・登録受理国の専属管轄としている。また、中国では天然資源に関する訴訟を、また、カナダではアスベストに関する訴訟を専属管轄としている。これらのうちの多くは、国家利益の観点から他国の裁判に委ねることができない事項であるという説明が可能であるところ、カナダの例は、アメリカでのアスベスト被害者からの訴訟によりカナダの鉱山会社が被告となることを懸念し、そのような判決の承認・執行を拒否するためのものであると考えられ、国内産業保護という、より直接的かつ短期的な国家利益に基づくものであると考えられる。これに対して、仲裁については、他の国々の調査研究が十分に進展していないものの、少なくとも日本の仲裁法第13条第1項は、「当事者が和解をすることができる民事上の紛争(離婚又は離縁の紛争を除く。)を対象とする場合に限り」仲裁合意を有効とするという形で規律しており、国家利益が正面に出ていないという大きな違いがみられる。同法第45条第1項によれば、仲裁判断は確定判決と同一の効力を有するのであって、両者の違いは一見奇異である。現在までの研究によるところ、この違いは、国家の他の国家に対する姿勢が同種のものの間であることからハードであるのに対し、仲裁に対しては異種のものであることが前提となっており、ソフトであるというほかないように思われる。今後の研究により、この点を見極めたい。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究の方針を維持し、国際的な比較をより広範にかつ深く行い、各国の考え方の違いがどこから来るのかを見極めることにより、日本法秩序として国家利益と裁判・仲裁との関係についてあるべき姿を示したい。もっとも、このような国家利益と訴訟・仲裁との関係を深く掘り下げた研究はヨーロッパでもあまりなく、今後は、独自に道を切り開く必要があると認識している。国家が他の国家の裁判に対して譲れないところを明確にしているのに対して、仲裁に対しては、比較的態度が柔軟であることの理由を突き詰めることにより、仲裁が現在の国家システム(国家司法制度)の中でどのように位置づけられ、仲裁にどのような可能性があり、どのような限界があるかも見えてくるのではないかと考えている。そのためには、各国の仲裁付託可能性をどのように限界付けているかを詳細に比較していく必要があり、そのリストの作成を目指したい。おそらくは、仲裁に関するニューヨーク条約の適用との関係で、いくつかの先行研究や裁判例等があるものと考えられるので、その文献的調査や国際会議に出席しての議論につとめ、仲裁付託可能性についての正確かつ最新の情報を収集し、かつ、それらのルールの背後にある考え方の根本を探求することが肝要であると考えられる。今後は、そのような方向からの研究をさらに進め、「国際訴訟・国際仲裁への国家利益の介入」に関する一般理論の構築を目指したいと考えている。
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