本研究の目的は、国際法違反に対する国家責任制度(一般法)と条約ごとの規範逸脱行為への対応制度(特別法)の関係性を考察し、かつこれらの制度の立法過程の特質を検討することを通じて、国際法の規制力のあり方を検証する点にある。 これまで、国連国際法委員会を通じて作成された国家責任条文(2001年)の批判的評価を中心に研究を進めてきた。国家責任条文は、国家によるすべての国際法規範の逸脱行為をその射程に含めている。しかし、国家責任法がこのような広範な射程を有しているかについて、諸国は懸念をもっており、国連総会において未だ条約化が決定されないのも、こうした懸念が背景にある。確かに、国家責任条文の言うように、国家責任法はすべての国際義務の「違反」に適用される。しかし、この「違反」はすべての規範逸脱行為を意味するのではなく、あくまで「賠償」責任を発生させる効果をもつものに限定されている。この点は、国際仲裁裁判所、常設国際司法裁判所、国際司法裁判所等の判決を検討しても確認できる。それゆえ、国家責任条文には、国家責任法の射程の捉え方に問題があると結論できるのである。 他方で、たとえば地球環境条約の「不遵守」手続のように条約ごとの規範逸脱行為への対応制度は、賠償とは異なる規範逸脱行為を問題とし、基本的に国家責任法の射程の外にある国家の行動・態度に適用されるものであることが分かった。つまり、条約上の規範逸脱行為への対応制度が特別法として一般法である国家責任法に優先適用されるというよりも、両者は、それぞれ適用範囲が異なっている「相互補完的関係」にあると言えるのである。 こうした両者の関係性を適切に理解することは、国際法規範の遵守の実現のあり方に決定的な影響を与えるものと考えられ、今後は規範の性格の相違に着目した国際立法のあり方についても考察していくべきであるとの結論に達した。
|