本研究では、新たな司法制度における、医学的知見の提示方法と、証拠と事実認定者との間でいかなる相互作用がなされ、最終的にどのような事実認定が行われたのかを明らかにし、その手続内容の妥当性や改善点につき、様々な資料を活用しながら分野横断的に検討・分析することを目的として実施している。 当該年度に傍聴した裁判員裁判では、被害者の死因自体が争われた事案はなく、死因に付帯する事実について争いがある場合に限り、法医学者が法廷での尋問を受けていたが、きわめて少数の事例であった。また、裁判員裁判においては、事実関係の争いは、そのほとんどが量刑への影響を主眼としたものであった。さらに、判決文の分析によっても、法医学鑑定の結果、すなわち、被害者の受けた身体的被害の重大性は、「犯行態様の悪質さ」の認定のための根幹となっており、それが直接的に、量刑評価へと影響を与えていることが明らかであった。 裁判員裁判においては、その開始当初から、法医学的資料、特に被害者の死体の写真を裁判員に示すことの是非が大きく問われていた。しかし、研究分担者が司法解剖を行った殺人・死体損壊裁判員裁判においては、裁判官が職権で死体の写真を証拠として不採用としたものの、その量刑判断への影響は見られなかった。この手続および判断の概要については、日本犯罪学会総会で報告を行った。 また、法医(病理)鑑定に争いのあった重大事件として、京都地裁H21(わ)第678号傷害致死、傷害事件がある。この事件はきわめて特殊な医学的状況が争点となっており、国内ではまだ周知ではない。そのため、その裁判の全日程の傍聴内容と判断構造の分析を行い、著書『代理ミュンヒハウゼン症候群』、医療者・一般市民を対象とした各種講演会、新聞、テレビなどのマスコミ報道への協力を通じて、裁判員裁判における医学証拠と児童虐待との関連性への理解の増進に貢献した。
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