1.本研究は、「競争」「情報」「不確実性」が契約に与える影響を検討し、新たな契約責任論の構築を図ることを目的とする。 2.研究対象として民法570条の瑕疵担保責任規定を取りあげ、瑕疵担保責任の経済的機能に着眼した構造論を検討した。特に、瑕疵担保責任の(1)リスク・シェアリング機能、(2)シグナリング機能、(3)ダブルモラルハザード状況におけるインセンティブ機能を明らかにした。その上で、570条の要件・効果は、非対称情報という厚生阻害要因への制度的対応という瑕疵担保責任の機能に着眼して検討されるべきことを主張した。また、厚生阻害要因を克服し社会的厚生を増大させるために、570条の損害賠償としては、「瑕疵を理由として買主に発生する全損害を賠償範囲としつつ、そこに締約時における売主の予見可能性による制約を課す」(全部賠償)ものであるべきとした。 3.本研究は、「各種厚生阻害要因への制度的対応として設計されたものが契約法である」との新たな見解を示し、経験財における非対称情報という日常取引において広範に存在する厚生阻害要因への制度的対応として設計されたものが570条であるとの新たな理解を呈示した。従来の瑕疵担保責任論における、二当事者間の利益調整ないし消費者保護のための瑕疵担保責任という従来暗黙裡に前提とされてきた理解を批判し、本研究は、業者にとってのビジネス戦略上のツール、つまりマーケティングツールとして瑕疵担保責任を位置づける。これにより「市場を通じた消費者保護」を図ることもまた契約法学の取り組むべき重要な課題であることを正しく認識できるようになることを示した。 4.このように、本研究は、「二当事者間での個別的正義実現手段」としての瑕疵担保責任から、「市場の中での瑕疵担保責任」へ、即ち、「市場法としての契約法」という考え方へと契約法学のフロンティアを広げるものである。
|